本と在る日々

本とお酒、2〜3人の親友が居れば、それで人生だいたい満足な、妻子持ちサラリーマンが書く読書感想ブログ。

死を前に人は何を想うか『イワン・イリッチの死』

イワン・イリイチの死/クロイツェル・ソナタ (光文社古典新訳文庫)

イワン・イリイチの死/クロイツェル・ソナタ (光文社古典新訳文庫)

世俗的な地位と名誉を手に入れ、有能な官史として平凡な日々を過ごしていた主人公イワン。一つの些細な怪我から不治の病に侵され、心身が徐々に衰弱していく。あえて病気(≒死)を直視しようとしない家族や友人、医者に、イワンはすっかり気落ちしてしまう。

主人公イワンは、病状の進行に伴う苦痛と周囲の反応に絶望し、それに耐えきれず始終呻くようになった。最後の数ページでイワンの断末魔と改心(ある種の悟り)が克明に描かれる。溢れ出る生への羨望や恨みを、自分が死ぬことで、迷惑をかけた周囲へのせめてもの報いになると、懊悩の原因である死を自身で昇華させ、イワンは黄泉の国へ旅立った。そこでこの物語は幕を閉じる。

献身的な介護をしてくれた召使ゲラーシムが居なければ、救われない末期であったろう。突然、余命を宣告された末期癌の患者であれば、このような状態に陥ってしまうのも頷ける。仮に私があと数ヶ月しか生きられないと分かったら、その事実をどのように受け止め、何を想い、そして残された時間をどう過ごすだろうか。果たして正気を保てるだろうか。その解釈と判断は、各人に委ねられている。

映画監督の黒澤明氏は、この作品を読んで大きなインスピレーションを受け、そこから「生きる」という映画を撮影したそうである。たまたま私は本著を読むより先に、この映画を観たことがあり、内容の関連性にひどく納得した次第である。TSUTAYAでレンタル出来るので気軽に観れるのも良い。その反面、内容は重たい。

人間はあっという間に歳を重ね、時間の経過とともに月日は流れてゆく。どれだけ医療技術が進歩しても、遅かれ早かれ人は皆必ず死んでしまう。仏教の言葉を借りると、生病老死であり会者定離なのである。究極の問いは常に私たちに突きつけられており、日常に忙殺され目を反らすのも良いが、時には直視せよという警告を与えてくれる、そんな作品であった。

トルストイが書いた「戦争と平和」や「アンナ・カレーニナ」の大長編も大いにお薦めするが、この中編も素晴らしい。やはり、トルストイはロシアが生んだ大文豪である。

PS.フランツ カフカ「変身」と併せて読むと、近似性があって面白い。主人公イワンはカフカに言わせると、目が覚めたら虫であったのだ。